そのような経験なくしてその日を終わってはならない
ああ、神の友よ!なぜあなたは、あなたのすぐれた特権をもっと活用しないのか。なぜあなたは、アブラハムがしたように、あなたを疲れさせ気苦労させる事がらを、ためらうことなく全部神に告げないのか。あなたのイシマエル、あなたのロト、および神のお取り扱いについて、神に申し上げないのか。なぜあなたは、神があなたに語っておられる間、ひれ伏さないのか(創世17:3)。

人生は、神と人との長い語り合いであるべきだ。たとい一日でも、忍耐と愛とに満ちている主にその日の歴史を語りかけ、主にざんげし、また主にすべてを語ることによって、悲しみと恨みごとに満ちている心を和らげるーーそのような経験なくして、その日を終わってはならない。

「信仰の高嶺をめざして」  F.B.マイアー  14 契約のしるし より


悩んでいるわりに、祈らないままになっている、なぜかそういうことがよくあります。

しかしながら、この祝福された友情を楽しむためには、果たさなければならない三つの条件がある。それは、聖別、純潔、従順であって、これらのものは、このときからアブラハムと彼の子孫に与えられた割礼の儀式の中に象徴されている。 


キリストを救い主と信じれば罪は赦され、神と交われる。しかし、より深く親密に交わろうと思えば、主に対する自分自身の聖別、純潔、従順が必要だとこの方は述べています。本当にその通りだと思います。
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