まわりに誰もいなくなっても
「まわりにだれもいなくなった時も、ひとりだけ味方でいてくれた」

先日テレビで、ある方がご自分の奥さんについてこう語っておられました。鬼嫁として知られる奥さんですが、ご主人はとても感謝されているんだなあ、すばらしいなあと思いました。

私はかつて婚約時代に、そのことをみことばから教えられました。

「デマスは今の世を愛し、私を捨ててテサロニケに行ってしまい、また、クレスケンスはガラテヤに、テトスはダルマテヤに行ったからです。

ルカだけは私とともにおります。

マルコを伴って、いっしょに来てください。彼は私の務めのために役に立つからです。」

第2テモテ4:10〜11


「ルカだけは私とともにおります。」
他のだれもが離れていっても、私だけは共にいる。それが少しツラいと感じていたその当時の私に、「奥さんになるってそういうことですよ!がんばって…!」と、神様が懇願されているのを強く感じ、覚悟を決めた(!?)婚約時代のある日の出来事でした。

結婚12年目を歩んでいる今もなお、私はこのみことばからくるスピリットに日々支えられております

| 夫婦 | 14:12 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
妻の役割
夫は尊敬を求めている より 
「私たちは夫を常に矯正することが自分の仕事だと信じ切っています!」
「私たちのゴールは夫を尊敬することであって、夫の人生を訓練したり矯正したりすることではありません!」
「私たちは何よりも祈るように召されていると思います。つまり、夫が変わることの必要性について神様と一緒に戦うのです。」

サラに学ぶこと/妻の召命:待つこと より
「望みと信頼を神様に置いていないと、…未来を恐れるあまり、がみがみ言うのです。不安定であることを恐れて自分が責任を負い、引き取るのです。…夫が賢くないかもしれないことを恐れて、夫の願いに耳を傾けず、夫の考えにすら耳を傾けません。自分が最善と考えるものにこだわるのです。未知という緊張を恐れるのです!」
「服従における最も重要な問題とはすなわち、恐れと信仰の対立という問題です。」
「でも神様に望みを置くとき、おそらく私たちは自分と家族を危機から救ってくださる神様の栄光を見るでしょう。恐れるたびに神様のほうを見るなら、「神様が」行動なさるのを見ながら、次々と奇跡を目撃するかもしれません。」

Yes! I'm a Pastor's Wife!  リア・マラシガン・ダーウィン

この本は、心迷った時に、思わず手が伸びる本です(牧師夫人向けですが)。
妻の心理をズバッととらえていますね〜、スゴい!何かを言うにしても、神様を信頼した心から言われるのと、未来を恐れる心からがみがみ言われるのでは、受ける側も違いますよね。「夫に従うことができるか」という問題は、本質的には「神に信頼できるかどうか」ということなのだと発見させられました。夫をほめることについてや、人生の生き方、教会のことなどもっとたくさんの金言が色々な角度から書いてあるのですが、書ききれません〜。私が特に心に残ったのはこれらの言葉です。

神様に祈って、神様が神様のみこころのために戦っていかれるのを待って、神様のなさることを見ることは、最近よく教えられているところです。
「主があなたがたのために戦われる。あなたがたは黙っていなければならない。」
出エジプト記14:14

神様とともに生きていけるって、ほんとにしあわせですね。感謝






| 夫婦 | 23:44 | comments(2) | trackbacks(0) | - | - |
結婚10周年
 2000年7月20日に結婚してから10年経ちました。10周年の今の感慨を忘れないように記録しておこうと思います。20周年の時にでも読み返してみたいものです。

「新婚の頃と10周年の今と、どう変わったか

関係性が変わってきていると思います。聖書に「妻は夫に従いなさい。」とあります。聖書に書いてある妻のなすべき分と言えば、なんといっても夫に従い、夫を敬うことです。夫婦のかしら、リーダーは夫(キリストが教会のかしらであるように)です。

聖書に従うことが人間の幸せですから、そうしたいと思っていましたが、主人と私で意見が違う時、価値観が違うとき、どうしたらよいのかわからないことが多々ありました。今思えば昔は、夫に従おうと思うあまりに自分を無理に引っ込めすぎていたと思います。

主人と私は対照的な性格です。主人は考えがはっきりしていて、それを口に出すこともはっきりしています。私は、心で思っていることをはっきり口に出して表現する事が苦手です。良く言えば控えめ?(そういえば昔交際していた頃、主人は私のことを「Akikoは本当に控えめだ、ミス控えめだ!」とハズカシいくらいに絶賛していました。一体今はどう思われていることでしょうか…。)そんな二人ですので、主人はバンバン好きなようにするし、言いたいことを言うし、でも私は言うに言えないモヤモヤがたまっていくという状態でした。

しかしあるとき神さまから教えられました。「夫に従いなさい」とあるけれど、心から従うことが大事なんだよ。モヤモヤをかかえながら、主人に偽りの平和を装いながら、うつうつと従うことは、本当の意味での従っていることになっていないよ。ちゃんと本当の心を知ってもらわないと、心から従うことはできないよ。このままの関係性は、長続きできないゾ!

私は人格的に未熟であると思いますが、この点は本当に私の改革しなければならない所でした(今もかな)。心の底のことまで人と話すことをしない。それで今までは適当にサラッと生きて来れた。でも結婚生活を通して、それでは済まない状況に追い込まれた。でもそこを改革しないと主にある良い働きはできないので、神さまは私に必要な訓練を与えて下さったのだと思います。

それで、ポツリ、ポツリ、と本当の思っている所を言うようになりました。バトルになるのを覚悟して言いました。でもそのときは一時的に大変でも、やっぱり言ってよかった、と必ず思いました。互いの思いを話し合い、結果どちらが正しいとかではなく、お互いに本当の所を知っている、ということが大事なのかなと思います。昔はそれが、ためにためてボーン!と出すような感じでしたが、だんだんあまりためずにすぐ言えるようになってきたのではないかと思います。特に子どもが一人生まれるごとに、あまりの大変さに言わずにはやっておれなくなって、今度はかえって言い過ぎないように自制が必要になってきました。主人も「昔はこんなんじゃなかったよなあ〜」と、昔のミス控えめだった頃の私が懐かしいようでした。まあでも人間一生未熟、一生訓練、一生成長だと思いますから、今でも、これからも、難しい場面はあると思いますが、これからも神さまの助けを頂いて、良い夫婦関係を築いて行きたいと思います。

ともあれ、10周年の今、感謝だなあと思うのは、多少けんかになってでもお互いに思っていることを言える、オープンで、一緒にいて安心できる、そういう関係性が築かれてきたことです。(言い方とかはすごく大事ですが。怒りをぶつけるのではなく、より良い関係をめざして、本当の心を知ってもらう、という言い方。ただし、いつもそうできているわけではないですが〜。)人によっては、なんでもないようなことかもしれませんが、私にとっては、それは一番感謝なありがたいことなのです。それは、私には簡単なことではありませんでしたが、神さまが助けてくださり、また主人がカラッとしたオープンな性質なので、そのおかげだと思います。

なんだかここまで、もしかしたら主人がいかにも好き勝手してるようなイメージにになってしまっていたらいけないので!? ここで主人の良い所、主人に感謝することを挙げてみたいと思います

主人に時々「僕のどういう所が良いか」と聞かれると、私は必ず「楽しい所」とか「おもしろい所」と言います。そして主人は「いつもそういうけど、ただの楽しんでるだけの人みたいやん」といつもご不満な様子です。でもこれは私の最大のほめことばであり、感謝のことばです。私はどちらかというと気分が沈みがちな方なので、そんな時に主人のカラカラ楽しそうにしているのを見ると、気分が救われます。子どもたちもお父さんが楽しく遊んでくれるのが本当に楽しそうで、見ていてこちらも楽しくなります。家庭に笑いがあるというのは大切だと思いますが、うちは主人による所が大きいと思います。何をしていても、ツライ仕事をするときも、主人がしているとなんだか楽しそうに見えてしまう、そんな人です。(損してるかも!?)

また主人は、精神的にタフです。打たれ強い。こたえない。今風に言えば「ハートが強い」人です。他人に左右されるということがない。緊張もしないそうです。自分がこうと思えば、どんな邪魔や障害をも乗り越えて突き破って振り切っていくでしょう。フロンティア精神みたいなのが生まれつきあるのではないでしょうか。スゴいです。私はこのすべてを逆にした性格です。私がヨロヨロよろめいて消えてしまいそうな時に、主人がガンっと強く立っているので、私は安心して生きることができていると思います。

また主人はとらわれのない自由な性格です。聖書に堅く立つ確信はもちろんありますし、聖書を本当によく知っているので私は尊敬していますが、クリスチャン生活のあり方、教会のあり方など、今までこうだったから、とか、これはこういうものなんだ、みたいな、聖書以外の不必要なとらわれがないです。でも教会を愛して、彼なりに秩序を考えて、事を行っていると思います。そういう所が私は好きですし、一緒にやっていきたいと思わされます。

また先程述べたように、主人がオープンなので、こちらもオープンにならざるを得ない、というところです。そうでないとこちらにモヤモヤがたまってきてしまいますので。でもそのおかげで冷戦状態にならずに、仮面夫婦にならずに済んでいるのではないでしょうか。

また主人はとても人好きで、友達もたくさんいます。例えば買い物に行った時にバッタリ人に会うと、私は恥ずかしくてサササと逃げてしまいそうになりますが、主人は人にバッタリ会うのが楽しいらしいです。そんな主人のおかげで、ひとりではなかっただろうなあと思うような色々な方との楽しい出会い、ふれあいをさせて頂いてきたと思います。

他にも色々あると思いますが、大きく言えば今思いついたのはこんな所です。
また、10年間、私のような者を愛し続けてきてくれたことに感謝しなければならないと思います。主人との結婚を聞いたとき、主人を知っていた私の母と兄の感想は「で、なんでAkikoなの」でしたからね!他にいくらでもかわいくてステキな人いるのに、みたいな感じですかね。どんな家族や…。まあでも私もそう思いましたけど。

…20周年にでも読み返してみたときに、あの頃よりまた一段と深まったな〜と思えていたらいいなあと、楽しみにする気持ちでおります。オワリ

追記:これを読んだ主人のひとこと。「内省的やな〜…」でした




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