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「助けて」が言えない
先日の24時間テレビのドラマで、車いすに乗って僕は空を飛ぶ、というのがありました。貧しく崩壊した家庭で育ち、悪い生活をしている時にけがをして、下半身不随になり、自殺まで考えた絶望の淵から立ち直っていくという、今はカウンセラーをされている方の話です。

自殺をするために岸壁にいる時に、心配して声をかけた人に、最初は「うるせえんだよ」などと言っていましたが、最終的に「助けて。僕はどうしたらいいんですか。助けてください。」と言えたことが、方向転換する一つのきっかけとして描かれていました。

その後、同じような境遇の親子に出会った時に、「助けてって、言えばいいんですよ」と言う場面もありました。

私は原作の本は読んでいませんが、ちょっと調べて目次を見た時に、

「助けて」が言えない

とありました。
私は自分が精神的に追いつめられていた大学時代の頃を思い出してみました。

だれかに助けてほしかった。だれかに相談してみたかった。ただ今の自分の正直な絶望的な心のありさまを、だれかに話したかった。でもなぜか、自分のことを知っている人には、とてもじゃないけど話せなかった。話す気になれなかった。そんなひどい状態であることを知られたくなかったのか、知られてはいけないと思ったのか…。話せば相談に乗ってくれる親切な人は、まわりにいくらでもいたと思うし、話せばよかったのに、と今なら思います。でもその時の自分にはなぜか、どうしても話せない、なにかがありました。

自殺を考えるくらいまで追いつめられている人の中には、そういう人は多いんじゃないかと思います。自分のひどい絶望的な状態を、自分の周りの人にはとてもじゃないけど知らせることができない。自分のことでまわりに迷惑をかけたくない。だれにも言えない。ひとりで悩んで追いつめられていく。

私の場合は本当にだれにも言えなくて、でも神様に祈る、という最終手段を知っていたので、周りに言えなくても上におられる神さまに向かって、全部話すことができました。そうしてひとつひとつ神様に相談し、みことばに導かれ、少しずつ回復し、今に至っていると言えます。今でも私はあまり心の奥底にあることを人に言えないほうですが、神さまにお話しする回を重ねるごとに、人にも話せるようになって来たと思います。

♪だれにも言えない心の中も イエス様はご存知だ グローリハレルヤ♪

という黒人霊歌をふと思い出しました。

そんなわけで私はそういう解決をしたわけですが、多くの方は相談できるこの本当の神様を知らないのですから、人に話せなければもう追いつめられていくしかないわけです。

追いつめられている人ほど、「助けて」が言えない。本当に助けが必要な人ほど、「助けて」が言えないでいる。このことを覚えていたいと思うのです。

そして、心の中では「助けて」と叫んでいるのに、「助けて」と言えずに、平気そうな顔をしてすごしている人の「助けて」がわかるようになりたいです。そして助けになりたいと思うのです。実際どうしていいか、私にはうまくできていなくて申し訳ないのですが…。


ある夜、パウロは幻を見た。ひとりのマケドニヤ人が彼の前に立って、「マケドニヤに渡って来て、私たちを助けてください。」と懇願するのであった。
使徒16:9


この聖書箇所を見ると、すべての人の心を知っておられ、助けようとされていて、そのために私たちを用いられる神の御霊によって、導かれて歩んでいけば、助けを必要としている人のために用いられることができる、と教えられます。

そしてそのためには、私自身がふだんからよく神様とつながっておかないといけないなあ、と教えられているところです。

| 日常 | 22:54 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
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