<< うれしいこと がっかりすること | main | クリスマス顛末記 >>
私ではなくキリスト
以下はある冊子からの抜粋で、ある本の紹介文です。その本は、あるベテラン牧師の方が、亡くなった友人の息子が牧師となったときに、その愛する若い牧師に向けて書かれたもの…のようです。『成功論』ではなく、正直なところを分かち合い、愛する若い牧師を励ます愛を感じます。


●ピーターソンは、牧師としての自分の人生を"messy"という言葉で表現している。「どろどろ」とも「ごたごた」とも訳せる言葉だ。百戦錬磨の牧師ピーターソンでさえ、いまだに自分が何をしているのか、何をすべきか、言うべきか分からないことがあるらしい。

●「どうしていいか分からない」というところが、神を信頼し、イエスに従うということにつながるからだ。

●「どうしたらいいかが分かってしまうこと」に気をつけなければならない。教会を大きくする、心の病のセラピーにかかわる、学問を追究する、さまざまなプロジェクトを立ち上げるなど、分かりやすい結果を出すことができるものが曖昧な牧師という職からの「逃げ道」になってしまう可能性をはらんでいるということだ。

●半世紀にわたる牧師生活をふりかえって、何かを成し遂げたという思いがない、と書いている。「何かを成し遂げる」ことができる人がこの世のリーダー像だ。

●不安を働くことによって解消しようとした。失敗することを恐れて働き、やることがないときでさえ働いた。

●自分が置かれた時と場所を引き受けるのが牧師であり、それが自分の能力を生かすことのできない場であればこそ、何かを成し遂げようとする思いを砕かれることを学んでいく。


神様は、働き人の、何かを成し遂げようとする思いを砕かれること。
どうしていいか分からないがゆえに、主に祈り、主に頼り、主のみわざが成っていくこと。

自分の思いが成ることではなく、キリストのみこころが成っていくこと。主の働きをするというのは、そういうものなのだ、と改めて励まされました。「私ではなくキリスト」…以前教会テーマとしてかかげられていたキャッチフレーズが、思い出されました。

「私ではなくキリスト」…そこに立つと、様々なややこしい感情から解放されて、平安が与えられ、行くべき道が分かるような気がします。


| いいことば | 22:17 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
コメント
コメントする









この記事のトラックバックURL
http://akiko.eriya.jp/trackback/110
トラックバック