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苦しみの重さを思いはかる 〜ヨブ記〜
気がつけば1月も今日で終わり。1月に一つも書いていなかったので、何か書こうと思います!いつも色々書こうと思うことはあるのですが、ついつい慎重になってしまって、後回しにしてしまいます。今日は1月が終わってしまうという勢いを借りて、書きます!

そうですね、最近読んでいるヨブ記から教えられていることを書いておきます。

ヨブはとても正しい人なのですが、神様とサタンの天上のやり取りがあり、苦しみに会うことになります。財産は失われ、子どもを亡くし、ひどい皮膚病になり、奥さんからは「神をのろって死になさい」とまで言われる、ひどい苦しみです。

友達が見舞いにきます。しかし、最初はあわれんでいた友達も、ヨブがこんなひどい苦しみに会うのは、ヨブが悪いことをしたからだ、神のさばきだ、と一方的に決めつけて、ヨブを責め、訓戒し始めます。本当は違うのですが、天上のやりとりなど人間は知りませんから。「悪いことが起こるのは悪いことをしたからだ」という考えです。

「苦しみの中にある人に、推測で、その人が悪いからだと考えるのは危険だ」、ということを思いました。どんな事情があり、その人への神様のご計画が裏にあるのか、わたしたちはわからないからです。ヨブの友達の言っている言葉自体は、正しいことを言っているのです。しかし、事情がわかっていないので、見当はずれなのです。ヨブ自身にもどうしてそんな苦しみがやってくるのか、わからないのです。背後には因果応報ではない神様の意図があるのですが、今はそれが隠されているのです。見当はずれにヨブを責め立て、訓戒しようとする友達に向かって、「そんなことは私だって知っている。でも今の私には何の慰めにもならない。黙ってもらっているほうがましだ」ということをヨブは言っています。

私は、そこまであからさまなさばきはしないとしても、何か難しい状況になっている人を見て、「この人にも何か悪いところはあるんじゃないかな」などと推測してしまう心はなきにしもあらず、と思います。目に見える物事の背後にある神様の深い意図などは私にはわかっていないのですから、はやまった見方をしないように、気をつけないといけないと思わされました。

また、自分が安泰であるときに、そのようにさばきやすい、ということも教えられました。

「安らかだと思っている者は
 衰えている者をさげすみ、
 足のよろめく者を押し倒す。」
ヨブ12:5

ではどういう心でいたらいいのか、ということで教えられたのが、「その人の苦しみの重さを思いはかる」ということです。

「ああ、私の苦悶の重さが量られ、
 私の災害も共にはかりにかけられたら。
 それは、きっと海の砂よりも重かろう。」
 ヨブ6:1

自分自身に置き換えて考えてみると、苦しいさなかに、「あなたはこういうところがだめだ、こうしたほうがいい」とか言われたところで、何の励ましにもならないでしょう。黙って、苦しみの重さを思いはかってもらうことが、何よりの慰め、励ましであり、前進する力になるのではないでしょうか。

人の苦しみの重さを思いはかり、祈る者であれますように。失敗が多い者なので。

また、なぜ苦しめられるのかわからなくても神様に叫び続け、神様との交わり、話し合いを切望するヨブの祈りも教えられました。

まだ最後までいっていないのですが、とりあえず書いてみました。聖書はいつも読むたびに違うことが教えられ、奥が深いです雪
| 聖書 | 23:00 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
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