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永遠のいのちを得るには *マタイ19章
 「先生。永遠のいのちを得るためには、どんな良いことをしたらよいのでしょうか。」16節

この青年はイエスに言った。「そのようなことはみな、守っております。何がまだ欠けているのでしょうか。」20節

青年はこのことばを聞くと、悲しんで去って行った。この人は多くの財産を持っていたからである。22節

「金持ちが神の国にはいるよりは、らくだが針の穴を通るほうがもっとやさしい。」24節

「それは人にはできないことです。しかし、神にはどんなことでもできます。」26節


ずいぶん前ですが、青年の日曜学校でこの箇所を学び、分かち合いました。

戒めをきっちりと守っている、と自負する青年。父母を大事にし、女遊びをせずまじめに生き、嘘をつかず正直で、曲がったことを嫌い、まわりの人に親切にする…きっとすてきな青年だったのではないでしょうか。しかも裕福ときています。結婚したい男性No1じゃないでしょうか

しかし彼に足りないのは永遠のいのちでした。イエス様のところに相談に行きました。するとイエス様は「持ち物を売り払って貧しい人たちに与えなさい。」と想定外のこたえをされました。すると「それは無理だ」といわんばかりに悲しんで去っていきました

イエス様がおっしゃりたかったのは、本当に持ち物全部を売らないと永遠のいのちがもらえない、ということではなく、人間の基準で良いことをして完全になって永遠のいのちを得ようとしてもムリだよ、ということをわかってほしかったのでしょう。永遠のいのちを得るには人間の義ではいくらがんばっても足りず、「神の義」が必要だ、ということです。神の義とは、罪のない完全な神であるイエスキリストがいけにえとなって、罪人の私たちに与えてくださったものです。

イエス・キリストを信じる信仰による神の義であって、それはすべての信じる人に与えられ、何の差別もありません。すべての人は、罪を犯したので、神からの栄誉を受けることができず、ただ、神の恵みにより、キリスト・イエスによる贖いのゆえに、値なしに義と認められるのです。ローマ3:22〜


ところで私が書きたかったのはここからです。色々な方の教えられたことを聞いていて、教えられて、今でもこの箇所から思い出して励まされることがあります。

自分よりも立派だ、すごい、幸せそうだ、と思う人には、なぜかキリストを証しする気がうせてしまう。幸せそうだし何もいらなそう、とか。自分よりもすごいと思う人だと、あの人より人間的に下の私なんかが救いの話を紹介するのもなんだかおかしいよなあ、もっと立派な私になってから堂々と証ししよう、とか。

でも、この青年の話を見る時に、この世でいかに人間的にすばらしくても、立派でも、金持ちでも、地位が上の人でも、こと永遠のいのちに関しては、神の義が必要なんですよ!他の何があってもなくても、神の義は絶対必須ですよ!ということを教えられます。そして、どんな立派な方に対しても、永遠のいのちを得るために必要な神の義を、立派でない私でも、知っているなら伝えないといけない、と励まされます

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