<< ayuちんのバプテスマ | main | 神のささやきを聞く >>
Fさんの召天を通して
 6年間闘病生活を送っておられたFさんが、1月3日天に召されました。46才の若さでした。Fさんはこの病がきっかけとなり教会に来られ、キリストを信じ救われ、いつも平安と希望に満ちた美しい笑顔を輝かせて、礼拝に来られていました。

教会の葬儀式や記念会は、ひとりの方の尊い人生と死を通して、私たち残された者に多くのことを語りかけ、何が大事なことなのか今一度心を改めさせられる尊い厳粛な場だと思います。本当に多くのことを教えられます。
 

「祝宴の家に行くよりは、
 喪中の家に行くほうがよい。
 そこには、すべての人の終わりがあり、
 生きている者が
 それを心に留めるようになるからだ。」
伝道者の書7:2


特に若くして召された方の場合、人の生と死というものは、人間の側でどうにかできることではないのだなあ、神様の御手のうちにあるものなのだなあ…、ということが改めて心に刻み込まれます。人間の一生のはかなさをふっと感じましたが、次の聖句に心が満たされました。
 

「主の聖徒たちの死は主の目に尊い。」
詩篇116:15


確かに人間の一生は、はかない。でも偉大なる愛の主がその小さい死を「尊い」ものとして大切に、目を留めて、心を留めて下さっている。それを思うと心が感謝で満たされました。それで十分です。いや、それこそが人が死ぬ時にあたって必要なものです…そう思いました。主が尊いと見て下さる、それに恥じないような歩みをしないといけないなあ、と心新たにさせられました。

はかない人生、しかしながら尊い人生、いつまで続くのかはわかりません。いったい私はどう生きていこうか?そう心の中で問うていると、人間の一生のはかなさ、むなしさを描いた伝道者の書の最後のシメのことばを思い出しました。


「神を恐れよ。神の命令を守れ。これが人間にとってすべてである。」
伝道者の書12:13

そうです、これがすべてです!ただそれだけです。アーメン。今年、いつもこれを覚えて歩んでいきたいです。
   









| 日常 | 23:20 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
コメント
コメントする









この記事のトラックバックURL
http://akiko.eriya.jp/trackback/92
トラックバック